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東京高等裁判所 平成2年(ネ)3504号 判決

控訴人 平柳政幸

右訴訟代理人弁護士 太田宗男

被控訴人 粂実

右訴訟代理人弁護士 金井厚二

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

(控訴人)

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一、二審とも、被控訴人の負担とする。

(被控訴人)

控訴棄却

二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加するほかは、原判決「事実及び理由」中の「第二 事案の概要」記載のとおりであるから、これをここに引用する(ただし、同判決二枚目表五行目の「買った。」を「買い、これに伴い係争地の使用貸借上の権利を承継した。」と改め、同三枚目裏一行目の「(当裁判所に顕著な事実)」を削除する。)。

(控訴人の再再抗弁)

控訴人が原判決別紙物件目録四の土地(以下「本件通路」という。)を通行しても被控訴人には何の不利益もないが、他方解除により控訴人がこれを使用できなくなる不利益は大である。本件解除は、全く恣意的であり、主として控訴人の生活環境を破壊するか又は控訴人を困惑させるために行われたものであるから、信義則違反又は権利濫用であって許されない。

(被控訴人の認否)

控訴人の右主張は争う。

三 証拠《省略》

理由

一  被控訴人が、原判決別紙物件目録一ないし三の各土地(以下「被控訴人所有地」という。)を所有していること、控訴人が沢田義康から同目録五及び六の各土地を買い受け取得したことは、当事者間に争いがない(後記のとおり、控訴人は右五及び六の各土地を父平柳寅雄と共同で買い受けたもので、両者の共有であった。)。

二  通路使用関係の成立について

1  《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一)  昭和四二年四月一八日ころ、被控訴人はその父粂勝蔵を代理人として、沢田義康に対し、原判決別紙物件目録記載五及び六の土地及びその地上建物を売り渡し、その際、被控訴人及び粂勝蔵は、沢田義康及び右土地を実際に使用することになる同人の弟沢田康次に対し、契約書をもって、「粂実所有中は勿論萬一他人に譲渡しても伊勢崎街道入口より沢田所有の工場迄巾九尺以上の通路は永久に開けておき遠慮なく自由に通行できること」を約束した。

(二)  沢田康次はその後右建物を研磨工場とし、本件通路の使用料として月額五〇〇〇円を支払い、トラック等を通行させていたが、昭和四八年ころ同工場が火災により焼失し廃業したので、その後は本件通路を使用せず、使用料の支払いもしなくなった。

(三)  昭和五一年四月八日、沢田義康は控訴人及びその父平柳寅雄に対し、同目録記載五及び六の土地を売り渡し、控訴人らは各自持分二分の一を取得した(以下「控訴人ら所有地」という。)。

その際、沢田康次が控訴人らに対して、本件通路につき通行使用権がある旨を告げた事実はない。

以上の事実によれば、被控訴人と沢田義康及び同康次との間で、本件通路を有償で使用させる合意が成立したことが認められるが、前期契約書の趣旨は、本件通路の敷地部分を被控訴人が所有する間及びこれを他に譲渡した後も、沢田両名が自由に通行できることを保証するというものであって、沢田義康が右五及び六の土地を他に譲渡した後も、その譲受人にまで通行を認めるというものではないと解され、また、沢田康次の工場の焼失後は、右通行権は目的を失って消滅したものと認められる。《証拠判断省略》

そうすると、沢田義康の使用借権とその承継を前提とする控訴人の主張は理由がない。

2  《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一)  昭和五四年夏ころ、控訴人及び平柳寅雄は、控訴人ら所有地の本件通路側にブロック塀を設置したが、その際、平柳寅雄は被控訴人の代理人の粂勝蔵に対し、控訴人ら所有地の西側に門を設けて日常出入りするつもりであるが、大型トラックが入るときのために東側の本件通路との境にも門を設けるので、本件通路を通行させてもらいたいとの申し入れをし、粂勝蔵は通路脇の借家人に支障がなければ通ってもいいと言った。

(二)  粂勝蔵がこのような返事をしたのは、当時はまだ、原判決別紙物件目録一ないし三他の土地(以下「被控訴人所有地」という。)に存する倉庫五棟のうち、国道に最も近い一棟だけを賃貸していたので、本件通路を通行していたのは、主として本件通路を挟んで控訴人ら所有地の反対側に居住する沢田康次一家(その敷地は袋地となっている。)だけであって、控訴人の家族が通行できる余裕が十分あった上、平柳寅雄が温厚な人物であったからであった。

(三)  控訴人及び平柳寅雄は、昭和五七年六月ころ、控訴人ら所有地上に建物を新築し、控訴人及び平柳寅雄がその持分各二分一を取得した。控訴人とその父母は東京都内にも住居を有していたので、主として週末に自動車で来て、同建物を使用するという状況であったが、昭和六〇年末ころには、控訴人はその父母とともに東京都内に定住した。

(四)  平柳寅雄は昭和六一年九月九日死亡し、同人の土地建物の持分は妻のフサ子が相続により取得したが、右フサ子もその後死亡し、現在は控訴人とそのきょうだいの共有となっている。

(五)  控訴人は、平成元年四月ころから同建物で学習塾を経営するようになり、その講師らが本件通路を通行したこともあった。もっとも、同塾は同三年一月ころまでに閉鎖され、現在右建物はふだんは無人となっている。

(六)  現在までの間、平柳寅雄又に控訴人から本件通路の使用料が支払われたことはない。

以上の事実によれば、昭和五四年夏ころ、控訴人及び平柳寅雄と被控訴人との間に、本件通路につき、通行(自動車による通行を含む。)のための使用を許す使用貸借類似の合意(以下「本件合意」という。)が成立したことが認められ(る。)《証拠判断省略》

三  本件合意の解除について

1  控訴人所有地には、本件通路に面して門(以下「東門」という。)があるほか、その西側で、一番狭いところでも幅が二・六メートルあって普通乗用自動車の通行が可能な公道に接しており、ここにも門(以下「西門」という。)が設けられている(当事者間に争いがない。)。

2  《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一)  粂勝蔵は家具製造販売業を営んでいたが、昭和五三年ころに廃業し、それまで工場や倉庫に使用していた被控訴人所有地上の建物五棟のうち国道に最も近い一棟を他に賃貸し、昭和六〇年ころからは、他の四棟をも順次他に賃貸し、賃借人は現在五社に及んでいる。そして、そのころから賃借人に用地の狭さを訴えられるようになり、賃貸借業務を担当する粂勝蔵は、被控訴人所有地上に生えていた杉の木を伐採し、不要のプレファブ建物・便所・ごみ焼却炉を撤去するなどして利用できる土地を最大限に拡張し、賃借人らの要望に応ずるべき努力を重ねてきた。

(二)  こうして、現在被控訴人所有地内に空閑地は残っておらず、本件通路は賃借人五社の事業用通路であるとともに、その一部には賃借人某社によって屋根が設けられ、荷物の積み降ろし場として利用されている。したがって、本件通路付近には大小の自動車の出入りや駐車も多く、従業員も多数出入りしている。

(三)  控訴人所有地がその西側で接する前記公道は、普通乗用自動車二台がすれ違うことができるほどには広くなく、今のままでは西門からの自動車の出し入れは不自由である。しかし、控訴人所有地内の植木等の配置換えをすれば、庭内の景観は損なわれるものの、西門の内側でターンすることは可能となる。

以上の事実及び前示(2(二)、(三)及び(五))の事実を総合すると、昭和五四年に本件合意がされた時と現在とでは事情が一変し、被控訴人所有地上の建物を事業用として賃貸したことに伴い、同土地は今や最大限に利用されており、これに付随して事故防止等の配慮も必要となることが認められ、したがって、居住建物の敷地が袋地である沢田康次の家族に本件通路の通行を認めることはやむを得ないとしても、別に西門を備えている控訴人らに対しても自動車の通行を含む通行を認め、東門からの出入りを確保することが、被控訴人にとって従前とは比較にならないほどの負担となるに至ったことが認められる。

3  《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

(一)  控訴人は、東門出口の本件通路上の約八帖の広さの部分を、被控訴人側に無断で舗装した。また、控訴人らが自動車で東門から出るについて、通行の妨害をしないよう粂勝蔵に抗議したことがあった。

(二)  平成元年四月ころ、控訴人は控訴人所有建物を使用して学習塾「大和スタディー」を開き、国道からの本件通路入口の向かって左側の塀に、同塾が本件通路の奥にあることを示す看板を掲げたが、講師、生徒等の関係者の本件通路利用については、被控訴人側の了解を得ていなかった。控訴人は、生徒らには西門を通って通わせたが、講師は当初本件通路を通行していたので、粂勝蔵がこれをやめさせた。

(三)  控訴人は、平成元年五月五日ころ、粂勝蔵に対し、塾の便所だけで足りないときは生徒に本件通路付近にある共用便所を使わせて欲しいと申し入れ、粂勝蔵は、生徒数五人以内、期間一年、使用料年額一万円とし、借家人である五社の社員らの使用に差し支えず、また汚れがひどいなどの苦情が出ないことを条件としてこれを承諾した。その後、粂勝蔵は、控訴人方のトイレの明かりが点いていないのに生徒らが共用便所を使用しているのに気付き、塾の教室まで控訴人に文句を言いに行ったことがあった。

(四)  その後、控訴人は粂勝蔵に対し、民法上本件通路の無償通行権があると主張したので、粂勝蔵は反撥し、法律相談で確かめた上でこれに反論した。こうして両者の感情的対立が決定的となった。

以上の事実及び前示の本件合意成立の経緯と無償性、控訴人らの本件通路の使用状況を総合すると、本件合意に基づく控訴人の本件通路使用権は、被控訴人所有地を管理していた粂勝蔵が、以前自家の所有であった土地の譲受人として現れた平柳寅雄に対する好意から、同人とその家族の本件通路通行を承諾したことによるものであり、当初から緊密な信頼関係に根ざした権利性の弱いものであったが、平柳寅雄の死後、控訴人においてこの点の認識が十分でなく、また前示のような被控訴人側の事情の変化についての理解が不足していたため、粂勝蔵との間に不和対立を生じるに至り、現在では両者の信頼関係は完全に失われていることが認められる。

4  本件合意に基づく控訴人の本件通路の使用権は、通行(自動車による通行を含む。)を目的とし、期間の定めのないものであるが、このような合意成立の基礎となった当時の付近土地の使用状況、当事者間における緊密な信頼関係に変更を生じた結果、当初の当事者間の利害の均衡が失われ、一方では被控訴人をして今後も従前と同様の便宜の供与を無償で続けさせることが著しく重い負担となり、他方、控訴人又はそのきょうだいが再び前記建物の使用をするようになった場合、本件通路を通行できないとすると、同人らにとって多少の不便不都合は免れないとしても、日常生活に深刻な影響を受けるとまではいい得ない。このような状況のもとにおいては、双務契約上の公平の原則に照らし、被控訴人は事情変更を理由として本件合意を解除できるものと解すべきである。

被控訴人が、平成二年五月二一日の原審口頭弁論期日において、控訴人に対し、本件通路の通行を目的とする使用貸借を解除する旨の意思表示をしたことは、記録上明らかである。

控訴人は、右解除は信義則に違反し、権利濫用であると主張するが、既に認定したとおり、被控訴人の右解除は十分な理由のあるところであり、契約当事者として契約上の債務を信義をもって誠実に尽くすべき義務の違反があったとは認められず、また解除権の濫用ということもできないから、控訴人の右主張は採用できない。

四  以上のとおりであって、被控訴人の本訴請求は理由があり、これと同旨の原判決は正当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井正雄 裁判官 伊東すみ子 水谷正俊)

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